◆気持がある側が、常に搾取される介護

木曜日は、いつも父母のところに出かけていたのだけど、
昨日は、一昨日の姉からの電話で、少し感じるところがあって、
一旦お休みさせてもらった。

いつも思うことだけれど、介護というものは、
決してそこに大きな悪意が存在するわけではないが、
どうしても、一番時間がフレキシブルな人、
そして、一番そこに気持ちがある人に、
みんなで暗黙のうちに、自己犠牲を要求する。

たとえば、介護専門員は、父母の介護にかかわる
家族との打ち合わせなどの時間を、私たちに平気で
自分の都合のよい時間を指定してくる。

「いつにしましょうか?」ではなく、最初から指定。
しかも自分が施設に行く「ついで」があるから、
などと平気で言う。

時間外や土曜日も無理で、平日の時間内でないとダメらしい。
じゃあ、介護専門員の時間に合わせて、
フルタイムで働いている家族のほうが、仕事を休めと…?
しかも近々の話だ。無理でしょ、普通。。。

そして姉も、今度は自分が働き始めたら、
平日の介護関係のことは、私がやるのが当然だと思っている。
「当然だとは思っていない」と姉は言うだろうが、
では、あなたはできるの?するの?と問いかけたら、
「しない、できない、やりたくない」のだ。

どんなに言いつくろっても、実際の行動がすべて。
結局、自分が逃げたいだけで、私が苦情を言うと、
「あなたも逃げれば」と言った!

「親と距離をあけるためにも、働いてよかった」
と私に言うか?…あらためて、家族だから、
分かってくれる、こちらのことを考えてくれる、
というのは幻想なのだと思う。

誰もが自分が一番。
私だってそうだけど、姉みたいにそれを隠して
外面をよくしようとは思わない。
自分より姉が大変だから、言い難いことも
私が前面に立って、介護専門員たちに意見してきた。

姉は働く前は、自分の身体がとても悪いことを前面に出し、
周りの同情をさそって、「身体の不調を押してけなげに家族を介護」
という役割を演じ、今度はあからさまに逃げれないから、
働くことで、介護は物理的に無理、と周りに理解させる…上手すぎる;;

そして、それに振り回されて、姉の気持のはけ口になって、
長時間愚痴も聞き、車のない姉の手足になって
自分が行く必要のないときも、介護にかかわってきた私。。。

暇な人が介護する、それが自然なことだし…何が悪いの?
という声も聞こえてきそうだけれど、一時的にはともかく、
よく言われるように、子育てとは違って、
いつ終わりを迎えるのかわからない、
そして子育て以上に状況が読みづらい介護は
やはり、誰もが少しずつ、が基本だと思う。

もっと言えば、「家族だから」「介護専門員だから」
こうするのが当たり前、してもらって当然、
という考えを根底から捨てたほうがよいと思っている。

しかも、どちらか一方が、あるいは家族の中でも、
誰かが一方的に捨てるのではなく、
みんなが本質的に平等に、介護にかかわることができたら、
少なくとも気持の上では、かなり楽になるのにな…と思う。

嫌だったら、私もしなければいい、と姉は言うけれど、
それができないから、苦しんだり、悩んだり、
してきたのだと理解していたのだけど…。

やはり、愛情がある側が、常に負けるのです。
それは仕方のないこと。修行なんだ!
私も、親には愛はないけれど、情はある、といつも言ってきた。
しかし、姉はそれさえないんだな~と分かった。

それでも世間では、弱いふりをするのが上手い姉のほうが、
親に気持ちを入れて介護しているように見えるようだ。
そして、当の親も、姉に私の悪口を言っている。

ちょっとバカらしくなったので、
一旦休憩。今度何か必要があるまでは、
父母とも姉とも、距離を置いて生活しよう、と思います^^



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テーマ : 介護 - ジャンル : 福祉・ボランティア

タグ : 実親の介護

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みなさんの毎日が、ほっこり楽しいものになりますように…♪

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